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無限の精誠の投入による真の愛の出現と相続

2025.3.16

私たちは毎日様々な活動をしています。何もしなくてもお腹がすくので食事をします。それで私たちが生きていられるのは食べ物や水を取り入れるからだと思っています。創造原理をみるとそれは陰性の栄養素であって陽性の栄養素としての光や空気も必要だと分かります。言われれば当然なのですが、なかなか気づかないで生きています。

 

しかしそれもまだ表面的なのです。食べ物や水、光や空気があれば生きていけるわけではありません。「総論Ⅱ 真の愛の観点から見た創造 神様の精誠」に書きましたが、人間の肉身は電磁気力で動いています。力には重力、電磁気力、強い力、弱い力の4つがあります。電磁気力は強い力に次いで強力です。重力の10の38乗倍です。この力は何もなしに生まれる訳ではありません。物理学者たちでさえプラスの電荷とマイナスの電荷があれば自動的に電磁気力が生まれると思っていますが、それは余りに表面的です。その先にある根源の力が万有原力です。この世界は力、すなわちエネルギーがなければ存在できません。

 

原理講論には万有原力は神様自体が存在するための力だとあります。この力は被造世界に絶えず注がれています。万有原力は重力、電磁気力、強い力、弱い力として形状化、実体化しています。

すなわち、世界は万有原力という神様のエネルギーを分けてもらうことで存在できているのです。

万有原力は性相であり授受作用の力として現れる重力、電磁気力、強い力、弱い力は形状です。ここから推論されることは性相と形状の関係は相続の関係ではないかということです。

 

生物の生命は神様の御業の結果です。これも神様の生命の相続です。五感に感じる質感、心で感じる情感は一般的にはクオリアと呼ばれていますが、これも正に神様の持っておられる質感、情感の相続です。そして人間にとっての最高価値である愛も神様からの相続によって与えられています。

 

父母の愛、夫婦の愛、子女の愛、兄弟の愛は天地創造前に夜の神様、無形の独り息子(天のお父様)、無形の独り娘(天のお母様)の間で確立された愛なのです。神様家庭で出来上がった愛が先にあって、それを人間は何も知らずに受け継いでいます。人間世界に現れる父母の愛、夫婦の愛、子女の愛、兄弟の愛には原因があるのです。神様から性相的な愛が注がれなければ人間世界に父母の愛、夫婦の愛、子女の愛、兄弟の愛は出現しないのです。私たちは神様から愛を相続されていますが、それに気づかないでいるのです。

(「総論Ⅱ 真の愛の観点から見た創造 神様の精誠」参照)

 

どこのお父さんが子供に、お父さんから愛する法を習いなさいと言いますか。またお母さんも子供に、お母さんから愛する法を習いなさいと言いますか。また、父母が子供に対する愛し方を誰かに習いましたか。新郎新婦はこのように愛さなければならないと誰かから習いましたか。習ったことがありませんが、よく知っています。それは本当に神秘的なことです。・・・

結婚して、年老いて死ぬまで子供をもつことができなければ、子供に対する愛は千年、万年たっても知ることができません。子女に対する愛を千年、万年勉強しても知ることができませんが、息子、娘が生まれるや否や、瞬時に知るようになります。

「真の愛」第二章 愛の実際 五 性愛 2.愛の法は習って知るものではない

 

万有原力から愛に至るまでこれらは無条件で与えられています。間接主管圏で無償で与えられています。間接主管圏には神様の愛はないと思っておられる方が案外多いのですが、実際は驚くほど神様の愛に溢れています。

 

一方、神様が敢えて無条件では与えられないものがあります。

責任分担がそれです。神様の95%と人間の5%です。

神様がこのような条件付きの相続をなされるのはどうしてなのでしょうか。それは人間のためです。

神様の95%とは神様が先に歩まれ勝利された世界を表しています。人間の5%は神様の95%の勝利を相続する舞台です。人間は責任分担を成し遂げることで、神様の最高の宝の相続を受けるにふさわしい自分となったという確信、自信、自負心を得て相続を受けるのです。神様と対等の立場で、堂々たる神様の子女として神様と愛を授受する存在だと自認できるようにするためです。

 

それでは、無条件ではなく、責任分担の形で相続する宝とは何なのでしょうか?

これは神様が初めから持っておられたものではなく、精誠を投入しては忘れ、投入しては忘れする中で形成されたものです。これこそ神様の創造の核心的な内容ではないかと感じます。

それはこの世にもある状況、環境、相手によって変わる相対的な愛ではなく、絶対的な真の愛です。

 

全能なる神様でも愛は初めから絶対であったわけではないと考えられます。何しろ神様はずっとお一人でした。愛する対象はいませんでした。創造活動をすることで初めて自分以外の存在が生まれるのです。愛する対象を求めて創造を始められたのですが、神様が被造物に対して流れる愛が相対的にあるなら理想世界である天国はできないことを良くご存じでした。相手、状況、環境によってころころ変わる相対的な愛が基礎となっている人間社会を見れば、その愛では天国は決して実現しないことが分かります。

別のところでも例に挙げていますが、絵画の最高峰といわれているモナ・リザはダ・ヴィンチがとても長い期間にわたって心血を注いだ作品です。心情を注ぎ、心情を注ぎを限界まで行ったのです。それでいつも持って歩くほどの愛する対象となったのです。実際、死ぬまで手放さなかったといわれています。

​これは対象に心情投入によって対象に流れる愛が増し加わっていくという例です。

モナリザ.jpg

そこで被造物に対する愛を絶対的にするにはどうすれば良いのかと考えられたと思います。それにはただ一つの道しかありません。

その道とは対象となる被造物に精誠を込めることです。対象に精誠を投入すれば投入するほど対象に対して愛は強く流れるようになります。対象に精誠を込めていけばいくほど素晴らしくなり愛も強く流れますが絶対までには到達しません。この愛を絶対にするには対象に無限の精誠を投入する以外にないのです。私達ならそんなことは到底不可能だと諦めますが、神様はそれを成そうとされ実際成し遂げられたのです。永遠の時間と無限の精誠を投入されたのです。​

 

これによって対象がいかなる状況になったとしても、たとえ壊れたとしても、たとえ歯向かってくるようなことが起こったとしても、神様から対象に流れ出る愛は絶対、不変だということを実現する愛を生み出します。

つまり、被造物、特に人間に対して無限に心情投入するなら、神様の人間に対する愛は絶対、不変、永遠、となるということです。

神様は最高の喜びをもたらす愛を絶対化することができれば、絶対的な幸福に満ちた世界を完成することができるという結論に至られたのです。

それで人間を創造する前に、人間に対するご自身の愛を絶対化する必要があったのです。

 

天地創造は創造の最後の段階です。その前に人間に対する愛を絶対化するだけの精誠の投入がありました。そのほうがずっと重要なのです。

それは構想、いわゆるロゴス創造の段階です。ロゴスといっても単なる設計図ではありません。神様の創造されるロゴスはとてもリアルで触れるほどの存在です。ここに無限の時間をかけて無限の精誠を投入されました。つまり私たちが生まれる前、天地創造のずっと以前に「私」に対して無限の心情投入がなされていたのです。神様の無限の精誠の投入については本然の人間であったとして永遠をかけて感じ取っていくような心情世界だと思います。その父母の愛を感じるたびに涙を流さざるを得ないような感動するしかない精誠の投入です。

これがなされた上で「私」が誕生したので、「私」がサタンの血統を受けて生まれたとしても、それによって「私」に対する愛は変わることがないのです。「私」に対する愛は永遠、不変、絶対なのです。「私」に対する愛は絶対信仰、絶対愛、絶対服従なのです。「私」を絶対的に信じ、「私」を絶対的に愛し、「私」に絶対服従されるのです。

このように見ていくと天地創造前、天地創造、復帰摂理、天心苑祈祷会へと続く流れに共通している中心は精誠だということが分かります。

 

人間が責任分担を成し遂げて神様から相続されるのはこの真の愛です。

真の愛は人間がいくら努力しても到達できる世界ではありません。例えば相対者でも子女でも真の愛で愛そうとすれば、相対者や子女に無限の時間、無限の精誠を投入する必要があります。これは人間の努力で到達できる愛ではありません。人間が責任分担を全うすることで相続してくださるのが真の愛です。

そして神様の行かれた道を追体験して勝利することで責任分担を成し遂げられ、神様の真の愛の相続を受けられた方が真の父母様です。いくら真の父母様でも一人一人の人間に対して無限の心情を投入することは不可能です。真の父母様は、無限の心情投入によってしか得られない愛を神様から相続されました。ですから真の父母様は一人一人の人間に対して無限の情が流れるのです。

過去の聖人である、イエス様、お釈迦様、孔子、マホメットと真の父母様が決定的に違うはこれです。天の父母様から真の愛を相続されたのは真の父母様だけなのです。

 

真の愛の相続は真の父母様の所で終わりではありません。その次に私たち子女に相続されます。永遠の未来にわたって人間は無限に増えていきます。それらは私たちの兄弟姉妹です。その一人一人に対して神様が永遠をかけて心情投入することで到達された真の愛を、真の父母様は私たち一人一人に相続してくださいます。

相続を受けるには真の父母様が行かれたような死を何度も超えるような責任分担の道を行く必要はありません。真の父母様に向かって精誠を捧げることで相続してくださいます。その精誠を捧げる中心的な場が天心苑徹夜精誠です。

 

天心苑はお母様の胎中であり、お父様の執務室です。私たちが本然の人間に生まれ変わる場です。そして一番重要な核心は真の愛を相続してくださる場だということです。それは真の父母様と心情的に一体化することで実現します。その入り口がホーリーマザーハンの御名です。

こうして真の愛を相続できるなら天国は自動的に出来上がります。

真の父母様.jpg
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