結婚と性、性愛、絶対「性」と直接主管圏
原理原相論および真の愛論において最も核心となると思われるのが「性」について解明です。そして性が目指す結婚についてです。これが原理的に明確に解明される必要があります。
この問題の一番奥には神様と人間の結婚という真の父母様以外の誰も知らなかったし考えさえもしなかった天宙的な秘密があります。この天宙的な秘密の扉を開ける試みにお付き合いください。
①結婚の真の意味
多くの人が今日も世界中で結婚式を挙げています。
二人が幸せになりたいから結婚するというのが、ほとんどの場合の中心的な理由です。
結婚は、誕生の時と共に人生における最大の祝い事ですが、今まで結婚の真の意味を誰も知りませんでした。
結婚の本当の意味を知るためには人間は何のために生まれたのかを知る必要があります。私達は原理によってそれは、三大祝福を完成するためと知っています。しかし、その中でも中心があります。次のみ言をご覧ください。
男性に絶対必要なものは、女性の真理です。女性に絶対必要なものは、男性の真理です。男性の真理とは何ですか。女性の真理とは何ですか。それは生殖器ではないですか。そうです、生殖器を合わせるために男性と女性が生まれました。「宇宙の根本」第二章 2.男性と女性を完成させるものは生殖器
男性も女性も生殖器を合わせるために生まれたというのです。衝撃的なみ言です。
更に、結婚についても明確なみ言があります。
結婚とは何ですか。生殖器を合わせるための運動ではないですか。そうですか、そうではありませんか。これは下品な話ではありません、神聖な話です。人間の最も高貴なものが生殖器です。「宇宙の根本」第二章 四 3.真の愛は汚いものも消化
お父様は、結婚は生殖器を合わせるための運動だと言われるのです。露骨と言っても良いほどにストレートです。本質的な内容ですが、このみ言の深意を知る事は簡単ではありません。
②性欲と性愛の原理的な位置づけ
今までの宗教においては、性欲や性関係、生殖器は世俗の代表のようなもので、人間の醜さの象徴のように考えられてきました。一般的にも頭は人間の最上部にあって高級で最良の物であり、生殖器を中心とする下半身は人間の動物性を象徴する低級で醜いものという通念があります。
堕落が持つ根源的破壊力は愛と性に対する本然的概念もねじ曲げてしまいました。肉心の欲望である衣食住性の欲望はサタンが侵入する基地となったので出来る限り排除するのが宗教者の道になりました。肉心の欲望の全面否定です。
サタンが肉身を支配しサタンの血統を繁殖しこの世を支配するために悪用したので、性に関することは卑しさの根源のように考えられてきたのです。しかし、本質的には衣食住性の欲望の根源は神様です。その中でも性欲は最も神聖な欲望なのです。
実際、お父様は、性愛についての世俗的な考え方とは真逆のみ言を語られました。女性たちが赤面するほどに露骨に語られました。しかし当のお父様は極めて真面目に真剣に語られました。俗な話だと捉えてしまう食口をたしなめて「なぜ笑うのか」と言いながら、これを言わなければ再臨主、真の父母の使命を全うできないという気概が溢れる熱心さでした。
③神様が結婚するために人間を創造されたという驚くべき真理
そして、決定的な内容を語っていかれました。
「神様は縦的な父」という言葉が出てきます。真の愛を中心として神様は縦的な父であり、アダムとエバは真の愛を中心として横的な父母です。縦横が九〇度で定着するのです。これが宇宙の根本です。結局は、神様が結婚式をするために人間を造られたというのです。神様の愛のために創造されたというのです。このように解明することによって、すべての根本的な難問題が解決されるのです。「宇宙の根本」第二章 三 2.神人愛理想の根本原理 (1) 神人一体をどのように解明するのか
それでは、男性の生殖器と女性の生殖器を、誰が先にこれと因縁を結ぶためにつくったのでしょうか。アダムでもなく、エバでもありません。神様です。「宇宙の根本」第二章 三 2.神人愛理想の根本原理 (2) 神人一体の拠点
アダムとエバが互いに愛するとき、神様は喜ばれます。御自身が愛するからです。神様御自身が、御自分の体であるアダムと、その相対であるエバを通して衝突を起こすのです。極と極が分かれてから合わされば爆発しますが、そのような爆発的な衝動を感じるとき、神様も愛に酔ってひっくり返るのです。このように話すからといつて、不敬なのではありません。愛には不敬というものがありません。神様が好む愛さえあれば、それでいいのです。
第四篇 真の人間 第四章 真の人間が行くべき生涯路程 第三節 男女の真の愛と真の結婚7 1986.3.16
神様は、御自身の体としてアダムを先に造られました。アダムは、神様の息子であると同時に、体をもった神様御自身でもあります。それから、アダムの相対者としてエバを造られ、横的な愛、すなわち、夫婦の愛の理想を完成しようとされました。エバは、神様の娘であると同時に、神様の横的愛の理想を実体として完成する新婦でもあったのです。
アダムとエバが完成し、神様の祝福のもとで結婚して初愛を結ぶ場は、すなわち神様が実体の新婦を迎える場なのです。アダムとエバの夫婦の愛の理想が、横的に結実するその場に、神様の絶対愛の理想が縦的に臨在、同参なさるので、神様の真の愛と人間の真の愛が、縦横の起点を中心として一点から出発して一点で結実、完成するのです。
「真の家庭と家庭盟誓」第二章 家庭盟誓の各節の解説 八 家庭盟誓八節の解説 ②神人一体はどのように成されるのか。
神様が人間を創造された究極の目的は、神様が結婚するためだというのです。
これこそがお父様が語られた全てのみ言の結論だと言っても良いと思います。
神様が人間という体を身にまとって結婚する事、これこそが天地創造の真の目的です。
神様がアダムという体をまとって実体の新婦であるエバと生殖器を合わせる運動をすること、これが神様の天地創造の中心目的なのです。
そして、人間の人生の目的は結婚であり、人間の結婚は神様の結婚を実現することが目的なのです。驚くべき真理です。
完成したアダムとエバが結婚して生殖器を合わせる時、正にその時に創造目的が実現するのです。神様の全創造過程の全て苦労がこの一瞬に完全に報われるのです。この時が創造歴史上、最も神聖な時なのです。
④神様と人間の結婚
神様の創造目的は、神様が人間という体を身に付ければそれで実現するわけではありません。神様と人間の結婚が必要です。
アダムとエバの結婚は、神様と人間が結婚することです。同じように、皆さんも人間として神様と結婚するようになっています。それでは、神様はどこにいらっしゃるのでしょうか。私の中にいらっしゃいます。
「宇宙の根本」第二章 三 神人一体と愛の理想完成 2.神人愛理想の根本原理 (3) 真の血統の根は神様
神様の結婚は人間を身にまとうことで始まります。そして、アダムとエバの結婚によって神様の無形の生殖器とアダムとエバの生殖器が混然一体となります。このように、神様の結婚式は必然的に神様と人間の生殖器を合わせる運動になります。これが神様と人間の結婚です。
人間が成熟して結婚するということは、神様の愛と人間の愛が関係を結ぶことを意味するのです。何を中心としてですか。愛の器官を中心としてです。霊的に見るとき、アダムの生殖器は神様の内的な生殖器であり、エバの生殖器も神様の内的な生殖器です。そして、相対的に女性の生殖器と一つになるのです。「宇宙の根本」第二章 三 2.神人愛理想の根本原理 (1) 神人一体をどのように解明するのか
⑤神様が性行為の主体であり原因
平たく言えば、神様はアダムとエバの性関係において完全な主体だということです。
アダムは、神様がアダムという体を着てエバと性関係を結びたいという衝動をアダム自身の衝動のように感じてエバと生殖器を合わせる運動をするということです。
同様にエバは、神様がエバという体を着てアダムと性関係を結びたいという衝動をエバ自身の衝動のように感じてアダムと生殖器を合わせる運動をするということです。
このような人間は、神の心情を体恤し、神のみ旨が完全に分かって、実践するようになるので、あたかも、頭脳が、命令ならざる命令で四肢五体を動かすように、人間も、神の、命令ならざる命令により、神のみ旨のとおりに動いて、創造目的を成し遂げていくようになるのである。「創造原理」 第五節 被造世界の創造過程とその成長期間(二)被造物の成長期間 (3) 直接主管圏
本然の男性と女性が激しく愛し合うのは神様がそうしたい欲望の主体だということであり、人間以上に性関係を結ぶこと好まれるお方が神様だということを意味します。これは天上から眺めるということではありません。神様自身が人間を着て神様自ら直接性関係を結ぶことに無上の喜びを感じられるということです。
これが分からないと神様の創造、堕落、復帰の心情についての理解は観念的になってしまします。
このことが理解できることによって初めて神様の恨の本質、苦痛の本質、御父母様の実体的蕩減路程の意味が理解できます。
男性と女性の性と愛の欲望の源は神様です。
神様の命令ならざる命令です。
堕落して神様抜きで自己中心的に愛し合うようになっただけであって、男女の愛と性の欲望は神様が源です。
これは極めて真面目な話ですが、神様から分立された男性と女性が結婚して生殖器を一つに結ぶ姿は正分合作用における授受作用一体化運動そのものです。これほど原理を典型的に表現しているものはありません。
夜の神様の二性性相がその根源ですが、夜の神様にとっての体である昼の神様を創造することによってより具体化しました。昼の神様は無形の独生子と独生女が一つになったお方です。無形の独生子は男の赤ちゃんから少年、青年、成熟した男性として成長され、無形の独生女も女の赤ちゃんから少女、青年、成熟した女性として成長されました。そしてお二人がそれぞれ個性完成基準を全うされ生殖器を合わせて結婚されたのです。そして一人の昼の神様として完成されました。
神様の性相は、男性格である父なる神様と女性格である母なる神様から成っています。
・・・神様は第一に体を着るためにアダムとエバを創造され、第二に愛を完成するためにアダムとエバを創造されたのです。このようなアダムとエバが完成して二人が一つになることのできる愛の実体になれば、神様が臨在され、人類の完全な愛の父母になるのです。「罪と蕩減復帰」 第二章 罪、人間堕落の内的意味一 換父易祖(注:父が換わり、先祖が替わったこと)がすなわち堕落 1.サタン悪魔が私たちの父
この無形のアダムと無形のエバとの間に流れる激しく激突して一つになろうとする愛と性を受け継ぐ形状体が人間の夫婦なのです。
神様においても全く同じです。神様も息子、娘を育ててこられたということを知らなければなりません。神様にも赤ん坊のような時があり、兄弟(妹)のような時があり、夫婦のような時があり、父母になった時に創造なさったということを知らなければなりません。無形なる神様もそのように大きくなってこられたということです。無形の神様にとって、実体のアダムとエバが成長する姿を見ることは実に刺激的なことです。アイゴー、私も兄弟(妹)げんかをしてこのように育ち、夫婦となり、父母となりました。ちょうどそれを再び眺めるようになるのです。ですから、神様が創造されたのと全く同じように、神様はアダムとエバが実体の神様として成長し、息子、娘を生んでいく姿を平面的に感じてこられたはずだったのです。
ファミリー94年4月 P33~34 真の父母と創造理想家庭 1994年1月15日世界宣教本部
⑥結婚で出現する神様の最上位の情感、質感と基元節
さて、神様の精誠Ⅰの
⑤神様のクオリア(質感・情感)の精誠
⑥あまりにも多種多様な神様のクオリアの恵み
⑦無形の神様が最も欲しい体を人間に与えられた
⑧神様の間接知情意の精誠と直接知情意
⑨神様の間接愛の精誠と真の愛
において、私達が神様から相続される様々な質感、情感について述べましたが、無限と言っても良いほどに多種多様な質感、情感の中で神様の最上級の質感、情感は生殖器を合わせた時に現れます。
最高の質感、情感は愛の質感、情感です。
愛には父母の愛、夫婦の愛、子女の愛、兄弟の愛があります。これらの愛は異なった愛と言う側面を持ちますが、愛と言うことにおいては同じです。要するに「好きだ!」という情感ことです。
自然界にも万有原力は強い力、電磁気力、弱い力、重力と四つの形態で現象化しますが、力と言う点では四つとも同じです。愛も同様に四つに分かれていますが愛という点では同じなのです。
この世の男女が愛し合う時には、四つの愛の内、夫婦の愛のみが現れます。しかし、本然の夫婦が愛し合う時は神様が主体として参加され、父母の愛、夫婦の愛、子女の愛、兄弟の愛が全て出現し混然一体となります。正に愛の溶鉱炉です。
夜の神様という言葉はとても深いです。多種多様に分化した世界の原点となる根源の神様を最も的確にまた詩的に表現しています。愛も夜の神様の中に源がありますが、より大きな愛の喜びを求めて多様化しました。それが父母の愛、夫婦の愛、子女の愛、兄弟の愛の四つの愛です。
正分合作用は究極的には夜の神様から愛の喜びを求めて昼の神様に分化し、更にアダムとエバに分化したものが、合として発展的に夜の神様に帰ることです。この合がアダムとエバの生殖器が一つになった時に出現します。
これが歴史上はじめて実現したのが基元節です。別の言い方をすれば夜の神様の生殖器、昼の神様の生殖器、真の父母様の生殖器が完全に合わさった日です。
天地人真の父母様が完成した日です。(詳しくは「夜昼の神様」の章の⑨七・八節と二回目のご聖婚による昼の神様の解放以下をご覧ください。)
神様も寡夫だし!昼の神様 夜の神様も寡夫達なのです!寡夫はいなくなります。先生のせいで、先生のせいでなくなることができません!…そうでしょう?…先生が必要だからその日を待っているからそれを…先生が知っている人が思い通りにできません。あなたたちははっきりと知りなさい。父母様の聖婚式、その日を同じ時間に祝福してあげるならばそれ以上の福はないでしょう。
天地共鳴圏と真の御父母様の聖婚 2011年天暦8月4日~7日 天正宮
夜の神様が昼の神様という体を着て天の父母様となり、天の父母様がアダムとエバを着ようとされるのは男性と女性の生殖器の一体化によって出現する至高の愛の喜びをより衝撃的刺激的にするためです。
あらゆる五感がもたらすクオリアも知情意も四つの愛も一つに凝縮して出現します。心のエネルギーも体のエネルギーも一つになって火のように燃え上がります。このような現象は夫婦が生殖器を合わせた時しか出現しない特別な現象です。
初夜の夫婦はそれまで感じたことのない強い幸福感に包まれるのです。
人間のあらゆる機能は神様が体を持って味わいたかったものです。私達が食べ物を味わう時も、景色を眺める時も、きれいな音色に耳を傾ける時も、すべて神様がご自身の持っておられる五感をより衝撃的に刺激的に感じるためにあります。だから人間が感じる質感・情感はすべて神様のものです。私達人間はそこに同参しているのです。
特に、神様の内界において到達された最高の質感・情感は夫婦が愛しあう時にのみ出現します。
夫婦が見つめ合い、触れ合い、生殖器を合わせるというすべての過程が特別な時間です。
夫婦が愛し合う時、神様の創造目的が実現します。
神様はこのために万物を創造し人間を創造されたのです。
ですからこれほど公的な時はなく、これほど神様を感じられる時は他にありません。
神様は性行為の主体として直接登場されるからです。
神様が「私」という体を着て直接、性行為をなさるのです。
この時こそ、全てに勝って最高に神聖な時間なのです。
私達が最も精誠を尽くせるのもこの時です。
神様が歓喜に酔われる舞台を用意できるからです。
夫婦が愛し合って最絶頂に上り詰めて歓喜に酔う時、神様が最絶頂で歓喜に酔われる姿に共鳴しているのです。
男女が互いに愛し合う時、「ああ、電気が通じる」と言います。その時、生じる電気は天使長から始まるもので、単細胞的なものです。本然の世界で生じる愛の電気は宇宙的な愛の稲妻で、強度において数千倍を越えるだけでなく、人体の各器官の細胞が動く音も雷の音と同じです。本然の世界において真の愛で愛し合う男女は、愛の稲妻が出会う接触点に向かって総力を結集しなければ神様と出会えない、というのが愛の原理観です。「真の愛」第二章 愛の実際 五 性愛 1.性は愛の本宮、天の至聖所
神様は、神様の内界で到達された愛の刺激を更に衝撃的、刺激的に味わいたかったので、それを実現するために体が必要でした。その体が人間なのです。
神様の体である人間が、神様を最高におもてなしするための場が夫婦の愛の場なので、神様を如何にもてなすか毎日考えなさいというのがみ言なのです。
私達は本然の人間になっても到底お返しきれないほどの余りに多くのものを神様から頂きます。このご恩に十分に報いることができる唯一の道が夫婦の愛の場です。
それほど神様にとって最大、最強の喜びと幸福の時なのです。
神様と人間がどこで出会うのですか。男性と女性が一つになって愛する時間、生殖器を中心として一つになる時間に会うのです。これが堕落したために、世の中を滅ぼし、天地を滅ぼしたのです。それゆえに悪いものになりました。男性と女性が愛する時、神様を迎えにいくのだと考えなければならないというのです。下半身を見る時、「どうやってこの器官を、愛を中心として連結させようか。どのように奉仕して歓迎しようか。どうすれば真の愛を中心とした夫婦生活をすることができるだろうか」と毎日考えなさいというのです。私の体がそのような位置にいるのです。「宇宙の根本」第二章 二 3.生殖器は天が臨在する至聖所
⑦「取って食べるな」の意味
生殖器を合わせた時に出現する情感、質感は全ての情感、質感の中で最強です。最大の刺激です。
天使長が矢も楯もたまらなくなったのはこの愛の刺激に主管されたからです。「食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましい」とエバが引きつけられたのはこの情感、質感です。
この至高至上の情感、質感は火のように強いので正しく扱う事が出来なければ焼かれて死にます。事実、人類始祖はこの愛の火を自己中心に勝手に使って死んでしまいました。
この火は心と体が一体化した個性完成基準に至らなければ神様の御心に適った使い方ができず逆に主管されるのです。だから、「取って食べるな」は、この最強の愛の刺激を主管できる基準に成長するまで待ちなさいと言う意味だったのです。
「天宙主管の前に自己主管」と言うみ言に真意は、生殖器を正しく使える基準に心と体が到達する自分になりなさい、それまでは、この最強の愛の刺激に相対基準を合わせるなと言う意味なのです。要するに「取って食べるな」と同じ意味です。
⑧生殖器の連結を通して血統が連結されすべてが平面的に平準化される
本来、人間は神様の血統として生まれます。そして長成期完成級を中心として自己の責任分担で自分の意思で改めて神様の血統を選択します。そして個性完成基準に到達し結婚による生殖器の一体化によって男性と女性の血統が連結され神様の血統に最終連結します。
生殖器を合わせる事で自分と相対者は同位、同参、相続関係になります。
この時に神様の生殖器と人間の生殖器の一体化がなされ、神様の血統が人間に完全に連結されるのです。そして神様と人間は一心一体となり神様と同位となり、神様の全てに同参し、全てを相続します。
結婚して夫婦になった人は結婚の不思議さを体験されたと思いますが、結婚によって他人だった人があっという間に親兄弟以上の存在に変わります。一心一体となって血統が連結されるのです。
そして自分と相対者は同位関係、同参関係、相続関係になります。
生殖器を合わせることですべてが一つになる奇跡が起こります。
下記のみ言にありますように、この平面化、平準化が神様と人間の真の一心一体化には不可欠なのです。
神様と人間が生殖器を合わせることで初めて神様と人間が上と下ではなく同じ平面上での一心一体が可能になるのです。
あなたと私は、心と体が一つになった同じ位置、それはすなわち夫婦一心、父子一心という位置です。一心は、一つは上にあり、もう一つは下にあるという状況では成立できません。父親が上にいて、息子、娘が下にいれば、一心になる事はできないのです。お互いが同等な立場で平面的に位置していてこそ一心になるのです。内的外的関係が平面線上の位置に立ってこそ一心になるというのです。夫婦も同様です。
横的関係において内外関係、前後関係の位置に立ってこそ一心になるのであって、上下関係では絶対に一心になる事はできないというのです。「天一国主人の生活」 第四章 五、天一国主人の生活 1.一心、一体、一念、一和
⑨一般的な結婚が天法に違反する理由
それは、言うまでもなくサタンの血統に確定的に連結される行為だということです。
ルーシェルとエバが生殖器を合わせることでサタンの血統がエバに連結し、エバとアダムが生殖器を合わせることでサタンの血統が全人類に連結しました。この世の結婚は、その行為を再現して確定的にサタンの血統に固着する行為です。
祝福と関係のない男女の愛の行為は、「私達はサタンの血統です。」と天地に公言する行為なのです。この世の人々は何も知らずにしているのですが大変な天法違反となります。また、結婚して子女ができる事はサタンの血統の繁殖ですからより罪が増し加わります。これらは神様に対する最大の心情蹂躙です。
更に、男女が生殖器を合わせる時に出現する神様の最高の情感、質感という至宝を、神様に無断で盗み、自分勝手に楽しむことになるのでこれ以上の窃盗罪はありません。神様の体としての責任を放棄し、神様の宝を平気でくすねて浪費して喜ぶ盗賊行為です。また、人類始祖の堕落に直面された時の神様の苦痛を再現することになるので神様に対する最大の心情蹂躙となります。
正に無知は死の影なのです。私達はこの世で行われる神様と関係のない男女の愛の戦慄すべき恐ろしさを真剣に伝える必要があります。
⑩絶対「性」生活と直接主管への高速道路
絶対「性」の意味は性の根源者が神様だということです。すでに述べましたように、一般的には性、性愛、生殖器、性関係など性に関する事は下賤で恥かしく下卑たもの思われています。しかし、それは最も神聖な性、性愛、生殖器、性関係が神様から引きはがされサタンの主管下に落ちたからです。
真の父母様の勝利の結実である祝福によって、性、性愛、生殖器、性関係が神様のものとして本然の立場に戻ったことを表す言葉が絶対「性」です。
性、性愛、生殖器、性関係が神様から始まったもので、最も尊く価値ある宝物であるという本然的な価値観で生活する必要があります。
*自分が、神様の体であるという意識を徹底して相対者と愛し合い、 性関係を結ぶこと。
*神様が私という体を着て性愛、性行為の主体となられるということ。
*その時こそが、神様の創造目的が実現する奇蹟の時であること。
*そして、これこそが自分たち夫婦が存在する目的であること。
*これらを人生の中心において生活すること。
これが、絶対「性」生活です。
絶対「性」生活は最も神聖な生活なのです。
男性と女性が愛する本宮、生殖器とは何ですか。愛の王宮であり、生命の王宮であり、血統の王宮です。
おじいさん、おばあさんもそれを中心として生き、父と母もそれを中心として生き、自分たち夫婦もそれを中心として生き、将来生まれる息子、娘もみなそれを中心として生きるのでしょう? それを中心としないで生きる女性がいて、男性がいますか。種がありません。
ところが、それがなぜ悪いものになりましたか。下品な言葉だというでしょう? なぜ下品な言葉なのですか。神聖な言葉です。神聖な言葉として受け止めなければなりません。ここで永遠の愛が連結され、永遠の生命、永遠の血統が出てきます。最も貴いのです。
「宇宙の根本」 第二章 二、生殖器は三大本宮、天の至聖所 1.愛と生命と血統の本宮
神様が人間を創造されるとき、直接主管圏と間接主管圏をおいてつくられました。それではなぜ間接主管圏をおいたのですか。直接主管圏と間接主管圏はいつ一つになるのでしょうか。本来の真の人類始祖であるアダムとエバが成熟して互いに横的な立場で愛によって一つになろうとする時、神様が臨在し、縦的な愛を中心としてアダムとエバを横的な愛によって接ぎ木するためのものがアダムとエバの結婚です。それで天地の一体化を成すのです。
「罪と蕩減復帰」第一章 蕩減・復帰原理の根拠 一 間接主管圏と直接主管圏 2.直接主管圏